題字「星」279

「車椅子おしましょうか?」背後でかわいい声がしました。
実は車椅子に乗って幾十年、「おしましょうか」と先方から声をかけられたのは初めての珍しい経験でした。
ふりむけば宝石にも似た子供の瞳にであいます。
ここは新築まもない富士市の市立図書館です。床もすべらかで押してもらう必要はないのですが、まぶしい瞳に負けて、私は御厚意に甘えました。
5月の晴れた日のように明るい子供の生活ぶりを聞きつつ、車椅子は図書館をグルグルまわりました。
「ありがとう」お礼に子供の手に似顔を描いてサヨナラと手をふる私に、ハイハイをした一人の赤ちゃんが一心ふらんに近づいて、私の膝かけにつかまり、なんとエイヤと立ち上がり、まぶしく笑いかけました。
幼い子も私には寄って来るのですが、赤ちゃんがハイハイでよって来たのは初めてで、母親の心情になった私は「いい子ネ」なんて語りかけ、ギョッとしたりもするのです。

2つのできごとで若返った私に今度は4才程の子供が近づいて、一人の寂しい老人に見えたのか「おばあちゃん死んじゃったの」とけげんそうに聞きました。

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